Jump to navigation
2008年11月04日
怪獣映画に関する疑問

[うんちくん]
怪獣映画というか巨大怪獣が出てくるやつ全てについてなんだが、先日ウルトラマンがどうのこうのとかやっているTVをみていてムクムクと疑問がわきあがってきた。
怪獣はとにかくでかい。身長は50メートル前後、体重は60トンとかである。ただ、地球上に現存する生物で最大の
シロナガスクジラは体長20~30m、体重100~200tらしいので、その比率からいけば怪獣は軽い。つか、組織が似たり寄ったりの場合、普通は身長が30倍になったら重さは30の3乗倍=27000倍になってしかるべきで、ということは怪獣は1600トン以上でなくちゃ変だしもし60トンで済むなら発泡スチロールのような軽い組織がでないとおかしい生き物となってしまう。また、言い尽くされた話ではあるが、1600トンもの体重を支えるためにはもっと太い大腿部と大きな足が必要らしい。そういう意味では
ガンダムなんてバランスが超変だよな。この矛盾だらけの設定が目に付くガンダムを俺は見だこだねいう話はどうでもいい(参考
理想のモビルスーツ設計論)。
そのような矛盾はさておき、この怪獣、そのほとんどは最後に殺されてしまう。木端微塵にされてしまう怪獣もいれば、ただ単にごろんと死んでしまう奴もいる。怪獣の組織が地球上の一般的な生物に近いとなれば、その体重のほとんどは「水」だろう。木端微塵になれば土砂降りのように怪獣の体液と肉片が降り注いでしかるべきだし、その怪獣の破片は数日もすれば腐り始め異臭を放つ。そうなれば、怪獣が粉砕された中心から周囲数百メートルではとんでもなく臭いはずだ。
そもそも家の生ごみでさえかなり匂う。人間の腐乱死体はとてつもなく臭いらしい。アパートの一室から異臭がして大家が入ってみたら腐ってました、なんて話はよく聞く。人間のサイズでそのくらい匂うのだから、巨大怪獣が死んで腐ったらどうなるのか。
人間の場合、死後5日程度すると腐敗ガスが全身に発生するらしい。これは硫化水素・二酸化炭素・アンモニア・メタン・インドール・スカトールなどの混合した気体だそうで強い臭気を持つとのことだ(参考
科学捜査2 グロ注意)。つまりその匂いは目に刺さるような感じで、そのままでは匂いで気分が悪くなる奴が続出し、息をするのさえためらうほどになるはずだ。この腐敗ガスの一部は有毒なため、匂いだけでなく人体にも害をもたらすものだ。怪獣がそのまま死んでしまった場合も同じで、死体は腐乱し蛆がわき想像を絶する状態になるのはまちがいない。
よって怪獣の死体周辺は数Kmに渡って立入禁止となり死体処理作業に追われててんてこまいとなって然るべきと思うのだが、怪獣映画などはこのことになぜ触れないのかまことに不思議だ。
posted by
oyajiman at 22:30:00 -
コメントなし - No Trackbacks
このエントリのTrackBack URL
http://www.oyajiman.net/oyaji/action.php?action=plugin&name=TrackBack&tb_id=2281
2008年10月22日
質問者と回答者のマナーで納得できないこと 追記

[うんちくん]
質問者と回答者のマナーで納得できないことについたブコメなどを見ながら、うーん、ちょーっと違うんだよなぁという感じが強くなったので追記。
まず、自分で調べるということについてだけれども、先のエントリにも書いたとおり、自分で調べるスキルを持っている人は思った以上に少ないものです。なぜ調べられないかというと、
検索エンジンの効果的な使いかたを知らないからという理由がまず思い浮かびます。さらに、調べることが下手な人を観察すると、検索窓に入れるキーワードがたったひとつの場合が多いようです。ひとつのキーワードで検索するもんだからトンデモナイ数のページがヒットしてますます混乱、パニクって以降検索には手を出さないという必殺パターンにはまるといった感じでしょう。こういう人はキーワードを複数入れて検索する、いわゆるAND検索を覚えれば技術的には改善する可能性があります。
もう少し深刻な人は、
検索エンジンを知らないようですね。知らないというより
使う気が無いという感じかもしれません。トップページにあるYahoo!は見たことあるけど、そこから先が・・・みたいな人ね。まぁ、これも経験と慣れが解決してくれるかもしれません。
根本的な問題はそんなところじゃないんです。調べられない人に共通しているものすごく大きな問題は、とにかく「
言葉を知らない」という事です。言葉を知らないから現在遭遇している困難を言い表せないのですよ。マンツーマンで実際にヘルプする場合にはその会話の中からその困難に対する処方箋を捜し出すことも可能ですが、言葉を知らないから手助け無しに探すことなどとてもじゃないが出来ません。そんな人に「ぐぐれかす」は所詮無理なのわかんないかなぁ。いや、わかっていてもワザと突き放しているのでしょうけれど。
言葉を知らないというのは単なる現象面での事ですが、言葉を知らないということの本質を言えば、その言葉の内容を全く理解していないという事です。その逆に、言葉を知っていることはその事をおぼろげながらも知っていることで、自分で調べられる人と言うのは、もともとそれなりに基礎的な知識はある人なんですよね。調べない人は単に
目の前の障害を乗り越えればそれで良しという人がほとんどですから、いつまで経っても基礎を理解しないし理解する気もないのですよ。「まずは自分で調べる」という言葉には、そういう調べない人の本質についての認識が余りに足りないような気がします。そういう意味では「ぐぐれかす」と反応するのさえ余計な行為で、「カスは捨ておけ」を実践するべきかもしれませんね。
自分で調べて解決する人は、その情報を探り当てる能力が非常に高いものです。自分で解決できない人は、同じキーワードで検索しても出てきた情報をしらみ潰しに見ていくことが多いようですが、自分で解決しちゃう人は鼻が効くとでも表現したらいいのでしょうか、ヒットした情報の中から有益な情報を少ない手数で引き出す確率が高いように感じます。さらに、検索キーワードが適切ですから、初期段階での絞りこみも申し分ありません。さらにさらに、そのページをぱっと見て素早く有益か無益かの判断を下してしまうんですね。おそるべし。
こういう差は、実際はなかなか埋まりません。ローマは一日にして成らずの例えのとおり、永年かけて蓄積した経験とポインタの数には圧倒的な差がありますからね。だから専門家が飯を食っていける訳で、「まずは自分で調べましょう」が本当に正しく誰でも簡単に実現可能であれば専門家など必要ありません。
Q&Aや掲示板で「マナー」が取りざたされる理由は、「
無償」ってことがキーワードかもしれません。有償であれば自分でどうにかしようと考える人も増えるかもしれませんが、無償であるが故に自分のコストだけを引き下げようとする輩も当然出現します。そういう「
自分だけ良かれ根性」が
絶対サポセン黙示録のような笑い話や
質問者と回答者のマナーについてとか
教えて君と屑回答者のような話を生んでしまっているのかもしれませんね。
まぁ、とにかく基本を覚えようとする気の無い人多杉。そういう人はこんな不便なパソコンなんて使わないで変な動作をしないケータイとか今は亡きワープロ専用機とか使っていたほうが幸せだと思うし、使うのなら回りに迷惑を掛けないよう覚悟して取り組んでほしいと思う今日このごろ、みなさんは如何お過ごしでしょうか。体だけは気を付けてくださいね。
[関連エントリ]
質問者と回答者のマナーで納得できないこと
技術系メーリングリストに何を求めているのか
posted by
oyajiman at 22:30:00 -
2 コメント - No Trackbacks
このエントリのTrackBack URL
http://www.oyajiman.net/oyaji/action.php?action=plugin&name=TrackBack&tb_id=2270
2008年10月20日
ネガティブとかポジティブとか言う前にするべき事

[うんちくん]
心も職場も変える2つの「セルフトーク」:NBonline(日経ビジネス オンライン)
ここに書かれてある「セルフトーク」なるものは、つまりは自分の思考が言葉に変わったものだろう。だから、あとでどんなにポジティブな言葉に書き換えようとも、もともと出てくる感情は大きく変わるものではない。後付け上書きで自分を納得させるのもひとつの手段だが、その「ネガティブ」な意識を持たないようにするための方法が「セルフトークの観察者になればいい」としか書かれていない。これではどうすればいいのかわからない。
「セルフトークの観察者になればいい」とは、「事象だけを捉える」と言い替えていいだろう。過去に起こった事や将来起こりうる事に対し感情が入るからポジティブとかネガティブになるのであって、事象自体には何の意図も無い。その物事の事実だけを正確に捉え、その事象から派生するであろう事態を想定することの方に力を注いでおけば良い。簡単に言えば「予測する」ってことだ。その場合も可能な限り感情は省く。予測の精度を高めるのに感情は不要だ。いや、感情や思い入れは邪魔でさえある。その想定される事態に合わせ、自分のストレスが一番少ない方法はなんであるかを考えておけばいいのである。物事が自分の嫌な方向に流れないよう早い段階で打てる手は無いかについて考えておけばいいし、もし嫌な方向に流れても既に予測していることだからさっさと諦めてしまえば良い。
そう簡単に行くかバカなんて思う人もいるかも知れないが、実際は至極簡単だ。今まで悩んで来たことのほとんどは忘れているし、何が起こったってどんなに悩んだって明日はまた来て死ぬときゃ死ぬ。ワクワクしていたけど非常に辛い思いをしたとか、その逆に嫌だったけど実際やってみたら楽しかったとか、やる前に抱いていた感情なんてアテにならないものだ。対処方法は考えておくべきだが、事象の予測に感情など全く必要な無いのだ。そんな自分の勝手な想定に不安になるより、やってみて自分の感情がどう動くのかを楽しんだ方がよっぽどマシだろう。
さて、もう一点、このセルフトーク、自分だけで気を付けていても効果は薄い。職場などではもっと簡単に効果を上げる方法がある。それは「セルフトークを口に出してしまう人」をうまく使うことだ。どの職場にも愚痴ばっかり言う人がいると思う。その中でも性格的に明るい人の「セルフトーク」をみんなに聞こえるようにどんどん喋らせるのだ。その「公開セルフトーク」に対し、“観察”と“上書き”を第三者が行っていけば、その「公開セルフトーク」が多数の「セルフトーク」となる場合が多い。釣りバカ日誌の「ハマちゃん」みたいなもんだね。そういう「公開セルフトーク」を明るくできる人材は、仕事をこなす能力が高いだけの人材よりよっぽど生産性向上に役に立つもんだ。
posted by
oyajiman at 22:30:00 -
コメントなし - No Trackbacks
このエントリのTrackBack URL
http://www.oyajiman.net/oyaji/action.php?action=plugin&name=TrackBack&tb_id=2268
2008年10月13日
こんにゃくゼリー問題で自分の立ち位置を確認する

[うんちくん]
こんにゃくゼリーの話が香ばしかった。今はかなり鎮静化しているように感じるので、そろそろ一言蘊蓄たれておく。
今回のこんにゃくゼリー製造中止に対する意見は、大きく分けて
こんにゃくゼリーの論理破綻 - タケルンバ卿日記
と
こんにゃくゼリー製造中止は論理的に正しい - 飽きたら消すよ。
という2つに分類されるのでは無いかと思う。簡単に分けちゃえば「こんにゃくゼリー発売中止はおかしい」と「発売中止もやむなし」だ。どちらの意見も納得する面があり、どっちが正しいかはわからない。
さて、なぜどちらの意見にも納得してしまうのだろうか。それはいうまでもない、
前提条件が違うからだ。
少々異質な例えとして、企業での経費削減対策で考えてみよう。企業の経費対策で良く聞く話に「紙の使用量を減らす」というやつがある。ただ、紙の使用量なんて、経費額全体からみたらそんなにバカ高いものではないはずだ。大きく経費を削減しようと思ったら、そんなことにしゃかりきになるより額の大きな経費に手を付けた方が効果は出しやすい。
しかし、紙の使用量を削減することに意味が無いのかといえば、そんなことはない。額としては少ないかもしれないが、必ず効果はでるだろう。また、実際の経済的効果の他に、具体的な事例に具体的に取り組む事での意識の変化や広報的な効果などの2次的な効果も見込めるかもしれない。
ここで話をこんにゃくゼリーに戻そう。この件がなぜ問題になったかといえば、現象面からだけ言えば「
喉につまらせて死者が出た」ことが発端だ。その解決策は「
死者を出さない」ようにすることが大前提である。その「死者を出さない」という前提に、「
こんにゃくゼリーで」という条件を付けるのか付けないのかで解決策が変わってくるのは当り前の話だ。もっと極端に言えば「喉に物を詰まらせて死ぬ人」を
マクロ的に見るかミクロ的に見るのかの違いでしかない。
それだけの違いで、なぜここまで盛り上がるのか。それはその意見が自分のスタンスを表しているからだ。その説明には、以前
理系と文系についてのうんちくで使った図がちょうどいいのでそのまま使ってみる。

この図で、理系を「こんにゃくゼリー発売中止はおかしい派」、文系を「発売中止もやむなし派」としてみよう。自分がどっちの意見にどの程度賛同できるかをこの図にプロットしてみればいい。その位置が、自分がこの問題をどの程度マクロ的に見ているかを表しているのである。もっと突っ込んで考えれば、なぜ自分はそのスタンスなのかを考えてみると面白いかもしれない。
というか、自分がどの色に見えようが、それは自分のかけているメガネのせいなのだよ。わかるかな?わかるよね。自分のメガネは他人と違うことを自覚して他人の意見をを読めば、それはもう「なるほどなぁ」と納得するしかないのだが、それを理解できていない人の意見は、端から見ると思わず( ´,_ゝ`)プッ となってしまう事が多い。声を大にして騒ぐのは、そこに何か意図があるから。自分の利権が絡んでいたりという直接的な意図から、自分の意見を認めてもらいたいという自己顕示欲・自己満足などなどだね。はてブコメとかで良くみるパターンかも知れんね。
なにごともそうだが、人間の決めたルールに「絶対に正しいこと」など存在しない。こんにゃくゼリーの例のように、どの位置の考えを持った人間が多いのか、いや、一番声のデカい奴がいるポジションが一般的には正しいこととされることを忘れちゃいけないと思う。おっと、これは余計な話だな。
posted by
oyajiman at 22:30:00 -
コメントなし - No Trackbacks
このエントリのTrackBack URL
http://www.oyajiman.net/oyaji/action.php?action=plugin&name=TrackBack&tb_id=2262
2008年10月07日
めんつゆの希釈がよくわからない

[うんちくん]
市販の「
めんつゆ」はストレートタイプもあるが、そのほとんどが
LHAやZIPで圧縮され濃縮されたスタイルで販売されている。
濃縮することで運搬時の重量は軽減され、塩分濃度も上がるので品質保持時間も長くなるなど、それなりにいいことが多い「濃縮」であるが、希釈の説明を読むと毎度毎度少々混乱する。
例えばここに2倍希釈のめんつゆがあったとしよう。この2倍とは一体
何に対して2倍なのか。めんつゆ原液を1とした場合、希釈する水の量を2倍にするのか、はたまた希釈して出来上がっためんつゆが原液の2倍になっていると言う意味なのか、ここで俺はいつも混乱する。2倍希釈といえば通常は後者の事を指すらしいのだが、俺はどうしても「2倍の水で希釈」という思考から抜け出せないのだ。だって、基準となる「めんつゆ」が1だったら、水が2で・・・だろ。
めんつゆでの話で「非合理だなー」と思うことがもうひとつ。濃縮度合が高いめんつゆの場合、めんつゆより希釈する水の量の方が多い。この場合、水を最初に用意してその中にめんつゆを入れれば労力が少なくなる可能性が高い。しかし、しかしである。めんつゆを作るときはどういうわけかまず「たれ」の分量を計り希釈用容器に入れ、そのあと「よいしょっ」とジジィ臭いかけ声を発しながら水を加えてしまう。水を先に容器に入れた後でめんつゆを加えたほうが効率がよかったのに・・・と後で思うのだが、いざ作るときになるとそんなことどこ吹く風となってしまうのは
理系の人々としてものすごく恥ずかしいのだが、どうか。
そんなの考えるのは俺だけか。OTL
posted by
oyajiman at 22:30:00 -
コメントなし - No Trackbacks
このエントリのTrackBack URL
http://www.oyajiman.net/oyaji/action.php?action=plugin&name=TrackBack&tb_id=2254
2008年09月18日
サイゼリアの凄さは発想とかじゃない

[うんちくん]
TBS|がっちりマンデー!!で、サイゼリアが取り上げられた模様。そのユニークさが話題になっているようだ。実際俺の回りでも「サイゼリアの番組見たか?」なんて話が出たりしている。
■サイゼリヤがすげーw
俺はこの番組は見ていないが、サイトを見るとその番組の内容がほぼ載っているようだ。読んでみると確かにユニークと言えなくもない。
しかし、特にびっくりする内容ではないのも確かだ。効率を上げていこうとすれば必ず出てくる考えだろう。サイゼリアの凄い点は、その考えをシステム化し
実際のオペレーションに落し込んでしまっている点だ。
そもそも効率を上げるということは、その大部分を「省く」という選択が占めてしまう。その「省く」段階で、「これを省いたら○○では無くなってしまう」とか「●●はこうであるべき」といった変なこだわりが出てきて頓挫してしまうことが多い。味へのこだわり、品質へのこだわり、ブランドとしてのこだわり・・・俺はこの「こだわり」によって効率化提案がつぶされていく様を何度も見てきた。「こだわり」にかこつけて効率化=変化をつぶしにかかってくる輩も多い。それをはね除けピュアに効率アップをはかる姿は、フードサービス業界では異質にさえ見えてしまう。
また、全てをパターン化して行く場合には、宣伝による売上変動もないほうが良いのも事実だ。そもそも宣伝なんて麻薬のようなもので、一度宣伝をしてしまうとやらずにいられなくなる。費用対効果も定かでないのに宣伝を止めたときの落ち込みを恐れ、宣伝をする。それは広告代理店等を潤すことにしかなっていないのに、である。トータルとして宣伝しない方が効率が上がるのであれば、広告など必要はない。非常に理にかなっている。しかし、この事業規模でそれを実践できる者はなかなかいない。それを実際にやってしまうのがすごいのだ。
サイゼリアおそるべし。
posted by
oyajiman at 22:30:00 -
コメントなし - No Trackbacks
このエントリのTrackBack URL
http://www.oyajiman.net/oyaji/action.php?action=plugin&name=TrackBack&tb_id=2234
2008年07月26日
捨てることと考えないことは違う

[うんちくん]
いずれもネタっぽいが、ふーんだけで終われなかったのでちょっと書いておこう。
「相手にこう思われたらどうしよう」を、捨てよう。 - GoTheDistance
元ネタはこちら
発言を額面どおりに受け取る - タケルンバ卿日記
* 「空気を読むのはやめましょう」
* 「行間を読むのはやめましょう」
* 「言外のことを読むのはやめましょう」
これを「3つの読まない」と申します。「非読宣言」です。私たち「社交辞令が効かない会」は読みません。そのままです。シンプルでストレートな関係の構築を目指しておりますので、言葉とか表情などの表に出てくる要素以外のものは、一切読みません。逆な言い方をすれば、表に出てこないものは無視します。ないモノとして扱います。シンプルでストレートな関係に、存在するかしないかすらわからないものを持ち込まれても困ります。
発言を額面どおりに受け取る - タケルンバ卿日記
言わんとしていることは理解できなくはない。確かに書かれてもいない行間を読んで騒ぐ奴とか、意味不明の思い込みをぶつけてくる奴とかを見ると辟易する。だが、タイトルにも書いたとおり、捨てることと考えないこととは根本的に違う。
物事に動じない人は、得てして上記3つのポイントを抑えているように見える。ただしそれはあくまで表面上の話である。なぜ物事に動じないのか、それは経験値とそれに順ずる仮想経験値が高いからである。要は、あらゆることが「想定内」だから動じないのである。それはあらゆる事態を想定し、また、想定したにもかかわらず起こった「想定外」を乗り越えてきたことによって培われてきた経験値だ。上記3項目を額面どおり受け取って実践すれば、その貴重な経験値、特に仮想経験が失われていくのは自明の理だ。
しかし、知らないほうがよかったと思うときもあるのも事実だ。しかしそれは単に精神的なダメージやストレスを感じるからなのである。そもそも言葉を額面どおりに受け取るためには、その言葉のバックグラウンドをいろいろ想定することが必要不可欠で、また、よく理解して解釈しないと今後の対策は立てられない。もっと具体的に言えば、なにも考えないで額面どおりの言葉を理解できるはずなどないのだ。何も考えずに額面どおりに受け取るだけでは、将来受けるかもしれないストレスのショックアブソーバをもてずに結局はより強いストレスを感じてしまうことになるだろう。
この話は、たとえば「明日地球が爆発する」ということを知らずにいたほうが幸せなのか?という類の話である。知らずにそのときになって大きなショックを受けるのと、知っていてその最後のときまで恐怖におびえながら過ごすのと、どちらが幸せだろう。知らない方がいいというのであれば何も言うことはない。空気を読み、行間を読み、言外のことを読んであらゆる事態を想定しつつ、額面どおりの受け答えをするのが賢者の選択ではないのか。
posted by
oyajiman at 22:30:00 -
コメントなし - No Trackbacks
このエントリのTrackBack URL
http://www.oyajiman.net/oyaji/action.php?action=plugin&name=TrackBack&tb_id=2178
2008年07月14日
エコという名の宗教

[うんちくん]
最近とみにエコエコやかましい。俺にはなにが「
エコロジー」なのかさっぱりわからない。環境に優しいとか良くいうが、どうなれば優しいと言うんだか全く理解できない。基準もないのによく「優しい」とか言えるもんだと感心する。
例えば、環境に優しいエネルギーとか言って「化石燃料」から「バイオエタノール」へ切替えるとか騒いでいる人達がいるようだが、「環境」に対する影響を小さくするためには「使わない」のが一番よろしい。この一番効果的な「使わない」という部分には全く触れず、今までどおりバカバカ使って利便性は確保したいけれど環境に対する影響は出来る限り小さくしたい、なんて虫のいい話が通るかバカ。
例えとしてはあまりふさわしくないかもしれないが、金が無い奴に車は買えない。車を使わない奴にはガソリンの高騰もバイオエタノールも全く関係ないのだ。本気で「エコ」を考えるのであれば、日が暮れたら活動しないとか石油燃料は販売しないとか、数世紀前の生活まで戻してしまうのが一番効果があるはず。だけどそんな状態にまで戻したくもないし戻れやない。
環境が破壊されバランスが狂う・・・見たいな話も良く聞く。これもものすごく誤解を招くいい方だ。氷河期など現在と大きく環境が違った状態でも、多分そのなかではきちんとバランスが取れていたはずである。つまり、環境が変化してもその変化に合わせてバランスを保っているだけなのだ。だからバランスが崩れているという表現はまったくもっておかしい。
二酸化炭素+温暖化だってそうだ。二酸化炭素がそこそこあって気温が上昇し、そこに水と日光と多少の養分があれば、それは植物にとって天国じゃないのか。植物が増えれば二酸化炭素は分解されて二酸化炭素は減るんじゃないのか?なんでそうならないのか、誰かわかるように説明してほしい。
この「エコ」なる言葉、いつぞやCMでさんざん耳にした「マイナスイオン」や「アルカリ食品」、「血液サラサラ」などと同じようニオイがする。この「エコ」や「環境」という言葉は、今や本来の目的を離れ宗教じみた世界的な怪しいビジネスのキーワードと化している。イラク侵略の失敗で、戦争による景気の活性化が図れなくなったアメリカの新たな経済戦略なんだろうな。
posted by
oyajiman at 23:55:57 -
コメントなし - 1 Trackback
このエントリのTrackBack URL
http://www.oyajiman.net/oyaji/action.php?action=plugin&name=TrackBack&tb_id=2168
2008年07月11日
出来ない奴を見極める

[うんちくん]
先日とある部署の売上登録方法を変更した。その変更はセキュリティの基本に習ってユーザの権限にかなりきつい制限をかけ使える機能を絞ったのだが、当面は試験運用とし、使ってもらいながらトライ&エラーで変更を加えていく予定であった。だから文句が出ることは百も承知だったのだが・・・
初日は実際に使った人から、具体的に「あの機能は使えるようにしてほしい」という要望があった。まぁこれは当然の要求だ。このような要求をつぶしていけば、一ヶ月もすればそれなりの落としどころに落ち着き、普通に使いつついい加減さはなくなるだろう。順調といえば順調な滑り出しである。
問題は二日目に起こった。初日休みの奴がいて、そいつもまた「この機能も使えるよう追加してほしい。」といい始めた。まぁこれはよい。問題はその後だ。「こんなめんどくさいことを何でしなければならないのだ。」とか「こんな制限をしなくても、『過去のデータは修正しないでくれ』と頼むだけでいいだろう。」とか、あれこれグダグダ言い始めたのである。それも例に洩れず回りに聞こえるような声で独り言をつぶやくのである。その独り言を聞いて今まで黙っていた奴も騒ぎ始め、「あなたは出来るかもしれないけれど私達はそんな難しいことできない。」とかあぼーんなことを言い出す奴も出てくる始末。
そもそもこの制限、過去のデータを勝手に修正するなと何度も注意したのにも係わらず、まったく改善されなかったために行ったものだ。簡単に言えば「アンタ等がいい加減だから制限したんだぜこのスカタン」って話なのである。「なに本末転倒な文句言ってんだこのアホンダラ」と一喝したくなるが、アホウに係わるとこちらも3の倍数アホウになるので無視。しかしあまりにしつこいので「どうにでもデータを操作出来るから間違えたりするのであって、それを自分達で改善できないのであれば操作できないようにするしかないよね。」と優しく伝えた。
間違いを起こさせないようにする最良の方法は「間違いをしないように注意しましょう」と呼びかけることではない。間違いを犯す可能性のある手順を排除することである。この制限は、間違いを修正するコストと制限をかけた場合のオペレーションコストを比較した結果の対策なのだということを全く理解できていない。そもそも、オマエらが適当なことをしなければこのような制限はかけられなかったことをまず理解すべきなのだが、出来ない奴にそんなことを要求する方が間違っているのは言うまでもない。
日常のオペレーションの変更は、普通はそのうち慣れてくるものである。出来る奴は最初にオペレーション上の問題点を想定し、その上で実際にやってみて問題点を理路整然と列挙してくる。つまり改善点を持ってくることが多い。逆に出来ない奴は問題点の想定が出来ない、今までのパターンから抜け出せず変更についてこれない、自分の言葉を持たずに他人の文句に便乗するなどの特徴があり、今回もその例に洩れない。
出来ない奴を見極めるのは非常に簡単である。今までの仕事のやりかたを変えて見れば良い。素早く適応しさらに改善する奴がよく出来る奴、黙ってなにごともなかったように適応する奴が出来る奴、少々文句を言いつつ適応する奴が普通の奴、文句ばかり言って騒ぐ奴は出来ない奴、他人の文句を自分の文句にする奴は組織の足を引っ張る奴である。
posted by
oyajiman at 22:05:42 -
コメントなし - No Trackbacks
このエントリのTrackBack URL
http://www.oyajiman.net/oyaji/action.php?action=plugin&name=TrackBack&tb_id=2164
2008年06月11日
最近気になるCM 三井住友海上編

[うんちくん]
最近気になって気になって仕方のないCMがある。それは
会社概要/会社情報/三井住友海上にある
GK登場・対決篇/GK登場・巨大なゴール篇と
GK クルマの保険 横っ飛び篇/GK クルマの保険 ハイウェイ篇って奴。いや、
堀北真希がカワイイからということじゃなくて、あんな物理的に無理が多い映像はどうなのかなと思うのだ、
あの
堀北真希扮するGKは、見た感じ足の裏2箇所からのジェット噴射のようなもので空中に浮き上がっているように見える。たった2箇所からの噴射で安定して立っていられるのがまず不思議である。考えられるとすれば、2箇所だけに見えているが実はかなりの数の噴射口があり、多数の噴射口を独立制御しているということか。
まぁ、ここまでは許す。
問題はボールを受けたときである。空中に浮いている状態は、ほぼ摩擦力はない。つまり、ボールを受けたときには、GKは必ず後退する。サッカーボールの重さは410~450gであり、
シュートスピードはスピードチャレンジ - MIZUNOを見る限り、90Km/hくらい出ていてもおかしくはない。
ここで、仮に
堀北真希の体重が42kgとした場合、このGKが90km/hで動く420gのボールをキャッチすれば
0.42kg x 90km/h=(0.42+42)kg x V km/h
という式が成り立つ。これを解くと、Vは0.89Km/hとなり、微妙にではあるがGKは後ろに押される。悪いことにこのGKはエアホッケーのパックのような状態であるため、そのままでは止まる事はない。つまり、なんらかの形で前へ推進力を与えないと、結局はゴールインする時間を引き延ばしただけという羽目になるのである。
さて、ここで最初の疑問にぶち当たる。足の裏2箇所だけの制御で、この微妙な動きを実現できるのかということだ。少し足の裏を斜めにすれば、多分氷の上ですっころぶような状態になるように思う。明らかに姿勢制御用の噴射口が少なすぎるのである。
というか、空中にわざわざ浮き上がる必要がどこにあるのか、俺には全く理解できない。ひっくり返って頭を打つような状況しか想像できないこんなCMを、なぜ作ったのか小一時間問い詰めたいのだが、どうか。
posted by
oyajiman at 22:24:47 -
コメントなし - No Trackbacks
このエントリのTrackBack URL
http://www.oyajiman.net/oyaji/action.php?action=plugin&name=TrackBack&tb_id=2133
2008年05月24日
コーヒーフレッシュが乳製品でないことを認識する方法

[うんちくん]
コーヒーに入れるミルクの代わりによく使われる
コーヒーフレッシュ。直接飲んでもうまいという話もあるようです
(どろり濃厚コーヒーフレッシュ 参照)が、そのほとんどは乳製品ではありません。
ものすごく怪しげに表現すれば、コーヒーフレッシュは
植物性油脂を界面活性剤を用いて乳化させたものです。乳製品だったら常温で保管しておこうなんて思わないし、常温で保管したらすぐ悪くなっちゃいます。人工の製品だから長持ちするんですね。コーヒーフレッシュの怪しさをもっと味わいたいという人は、
安い&使い放題 「コーヒーフレッシュ」にホンモノのミルクなし - MyNewsJapanでも読めば楽しめるかもしれません。
さて、このコーヒーフレッシュですが、これが乳製品ではないことを視覚的に認識する方法があります。やり方は非常に簡単。
まず、コーヒーカップを用意し、中にインスタントコーヒーの粉末を入れます。
つぎに、このコーヒーの粉末にコーヒーフレッシュを入れます。要はお湯を入れる前にコーヒーフレッシュを入れちゃうってことね。この段階で混ぜるとさらに効果大。
おもむろにお湯を注ぎます。
さぁてお立会い。ここに浮いているものは何でしょう。牛乳などの乳製品を使い同じ手順でコーヒーを入れても、上に何かが浮いたりはしません。ですから、まず間違いなくコーヒーフレッシュに入っている「油」です。想像するに、インスタントコーヒー粉末のなにかがコーヒーフレッシュの乳化剤に作用し、コーヒーフレッシュに含まれる油脂が分離したものと思われます。
俺は後からコーヒーフレッシュを入れてかき混ぜるのがめんどくさくてこういう作り方をしていたのですが、最初はコーヒーフレッシュが腐っているのかと思っていました。だけど新しいコーヒーフレッシュでも同じことが起こります。当たり前ですが、お湯を入れた後にコーヒーフレッシュを入れる通常の手順では分離しません。
お試しあれ。
posted by
oyajiman at 22:22:19 -
コメントなし - No Trackbacks
このエントリのTrackBack URL
http://www.oyajiman.net/oyaji/action.php?action=plugin&name=TrackBack&tb_id=2117
2008年05月11日
ニセ科学レベルの薬

[うんちくん]
最近「なんとかの調子がおかしいならホゲホゲ」みたいな趣旨の薬のTVCMが目につく。ぼーっとこのCMを眺めながら、「この薬って意味あるんだろうか・・・」という考えが頭をよぎる。
風邪を引いたら、その辛い症状を和らげるために風邪薬を飲む。腹がいたいときや頭痛が
痛いするときも、その症状を和らげたり症状の原因を取り除くために薬を服用する。これは
「必然」レベルの薬の使われ方といっていいだろう。
そのもう一方で、健康を維持するために飲むビタミン剤などもある。こちらはエンジンに投与する添加剤のようなもので、なくても特段困るものではない。たださらに調子を上げたいとか何かの予防にとかの
「保険」レベルの薬だ。
最近ではこの中間の「なんとなく調子がよくない」ことを改善することをうたった薬が出ているのは、非常に興味深い。そもそも体調がいつでも万全な人など数える程しかいないだろう。誰もどこかに不調を抱えているし多少は体調がよくないと思っているものだ。その不安感解消を狙った素晴らしい商品であると思う。
人体は非常に微妙なバランスの上に成り立っている。ほんの少しの異物でも人体にあたえる影響は大きい。体重60Kgの人の致死量は、エチルアルコール480cc、カフェイン15g、ニコチン0.8gだ。身の回りにあるものでもたったこれだけの量で死んでしまうである。一般的な薬はもっとすごく、あんな微々たる量でもそれなりに効き目がある。そう考えた場合、すこし調子が悪いと感じる程度での強い薬の服用は逆効果になりかねない。
となれば、この
「あってもいいかも」レベルの薬は、その主成分の量を非常に少なくして効き目を抑え、量が少ないため副作用も少なく、なおかつ健康に近い人が服用するため良く効くと思われてしまう商品と推測されるのだ。これを素晴らしい商品と言わずして何と言おう。安くて効き目があるように思われて害も少ない。完璧だ。しかし逆を返せば、使わなくてもいいものと言えるのではないだろうか。
つまりその存在価値は、結局「あってもいいかも」というレベルであり、その商品コンセプトの根底は「ニセ科学」をうたった商品に近いといえるのではないかと考えるのだが、いかがか。
posted by
oyajiman at 21:59:36 -
2 コメント - No Trackbacks
このエントリのTrackBack URL
http://www.oyajiman.net/oyaji/action.php?action=plugin&name=TrackBack&tb_id=2104
2008年04月12日
ネット規制は誰の為?

[うんちくん]
ネット規制にばく進する自民党 「有害情報」を流せば懲役刑も|経済ジャーナリスト 町田徹の“眼”|ダイヤモンド・オンライン
ネット利用者が増え続けているからなのでしょうが、ネットの悪い面もどんどんと表に出てきています。なぜここまで規制規制と騒ぐのか、不思議ですよね。
利用者数や利用者の懐具合を考えた場合、青少年向けの携帯コンテンツ規制はそんなに経済面で打撃をあたえることはないでしょう。ネットにそんな影響力があるとは思えませんし、規制がうまくいったとしても今と大きく変わる事があるとも思えません。
なんだかネットを悪者にしたいという意志が感じられるのは気のせいでしょうか。
3月31日からNTTの次世代ネットワークである光ネクストが開始され、
アクトビラ-
wikipediaや
brancoのようなサービスがさらに活性化していくものと思われましたが、物事はそう簡単ではないようです。どうも
NTT次世代網、静かなスタート まだ地デジ見えずというニュースにもあるとおり、TV局が絡んだ映像配信が大きく足を引っ張っているように見えます。
このまま行けば、多分地デジ切り替えは期日に間に合わないでしょう。さらには地デジが映らない場所もたくさん出てくると予想されます。現に我が家は6局のうち2局しか受信できません。アナログであれば多少画像が悪くても受信できるのですが、デジタルは映るか映らないかの二通りしかありません。利用できない人の声が大きくなったそのとき、TV関連のネット配信はなし崩しに進められる可能性は大きいと思います。
そのなし崩しを防止するための先手として、このネット規制が打ち出されてきているような気がしてなりません。一部ではフィルタリング技術を
天下りの温床にするのではという話もありますし、移り変わりの激しいネット関連を動きの遅い官に任せたら大変なことになると断言してもいいでしょう。
といいますか、国外のサーバに関しては規制を適用できないのに、こんな規制をかけて何をしようというのでしょう。携帯電話は多少のガラパゴス化が出来ましたが、ネットでもガラパゴス化できるなんて思っているのでしょうか。もしできると思っているのなら、かなり
頭が御目出度いとしか言いようがありませんね。
posted by
oyajiman at 00:18:45 -
コメントなし - No Trackbacks
このエントリのTrackBack URL
http://www.oyajiman.net/oyaji/action.php?action=plugin&name=TrackBack&tb_id=2076
2008年04月11日
傾いているのはGSだけじゃないぞ

[うんちくん]
ガソリンスタンドの地面は、傾いている | エキサイトニュース
いや、これは普通常識だろと思いながらも似たような話題を一つ。
トンネルってのは同じ高さの地点をまっすぐ繋いで掘っちゃうと
中央に水が溜るようになってます。なんたって地球は丸いですからね。真直掘ると中央部が一番標高が低くなります。だから両端が同じ標高のトンネルは、トンネル中央に水が溜らないように中央を高くして傾斜をつけているんですよ、ええ。
もっと身近なところでは道路かな。道路は中央分離帯を中心に数度(確か1~2°だったと思う)傾斜がついています。微妙にハンドルを取られるので気がついている人も多いと思いますが、これも水平だと中央に水が溜ってしまうからです。
当然側溝も傾いています。つか、傾いていないと水が流れないですから、残念。銭湯だって傾いているし、プールの底に傾斜がついているのも同じような理由でしょう。
このやうに、土木建築物などは基本的には水が流れるように傾斜を付けているのが多いですね。ちなみに、道路に水が溜ってしまうもうひとつの大きな原因である轍(わだち)ですが、高速道路の場合は補修の基準があるらしく、わだちの深さが1cmを越えたら補修しなきゃダメと決まっているって聞いたことがあります。だけど収入によっては工事もままならない高速道路もあるようですよ。あんなにお金をじゃぶじゃぶ使っているように見える道路ですが、東北自動車道など交通量の少ない所はお金がないのでわだち2cm位まで補修しないとか・・・この話を聞いたのはかなり昔なんですが、本当の現場には意外にお金が回っていないのかも知れませんね。
じゃ、その金はいったいどこに消えているのか、それはお釈迦様でも気がつかないところに無くなっているんでしょうね、多分。
posted by
oyajiman at 00:04:51 -
2 コメント - No Trackbacks
このエントリのTrackBack URL
http://www.oyajiman.net/oyaji/action.php?action=plugin&name=TrackBack&tb_id=2074
2008年04月09日
過剰なサービスをもたらしているもの

[うんちくん]
【断 中村文則】過剰なサービス - MSN産経ニュース
うーん、個人としてはそのとおりともろ手を上げて賛同したいのですが、一応飲食店のような業態にも絡んでいる俺は違う側面からの言い分も多々あります。まぁ、そのあたりの言い分は
【2ch】ただニュース速報 「過剰なサービスのせいで日本人はどんどん馬鹿になる」でほとんど出尽くしているのでさらっとだけ。
まずなぜ片付けるかは、お客に主目的は達成しましたね?という事を認識してもらうためです。それからもう一つ、食べ終わった食器は早く片付けるのが良いサービスと認識されているから。つか、食べ終わった食器をそのままにしておくと逆に「早く片付けんかい(怒)」みたいに思われたりします。それから「呼ばれてから行動する」のは
良いサービスと認識されません。
また、片膝をついて注文を聞くのは、これもその行為が
「良いサービス」と認識されているからです。
店も商売ですから、売上はたくさんあった方がいいです。で、商売人は基本的に臆病(冒険はしたくないと言う意味で)です。よって他店と比較して「劣る」と思われる所は改善しないと客足は遠のくのでは・・・となります。
その結果、当然ながら今まで過剰と思われたサービスが一般化し、さらに過剰になっていきます。だけどそれは
お客が支持するからなんですよ。こんな状況はサービスする側だけでつくり出したのではなく、サービスされる側も一緒になってつくり出したのですよ。そのことを中村文則さんはわかっておられますでしょうか。
中村文則さんのようなお客は、多分少数派です。いや、もしかしたら大多数が中村文則さんの意見に賛同されているのかもしれませんが、飲食店のノウハウの中には採り入れられていません。そして、飲食店は基本的に商売であり、その場所に存在しているだけで金がかかります。
長居をする人からは場所代を頂きたいのが本音です。そもそも知人宅などでそんなに長居はしないですよね。相手の事を考えながら行動を決めるはずです。商売とて同じで、材料費や店舗の維持に係わるお金は当然代金として頂きますが、それ以外は対等な関係であるべきなのではないでしょうか。その対等な関係の構築こそが正常な状態をもたらしてくれるものと思います。
posted by
oyajiman at 00:23:47 -
コメントなし - No Trackbacks
このエントリのTrackBack URL
http://www.oyajiman.net/oyaji/action.php?action=plugin&name=TrackBack&tb_id=2073